2025年、国内のSFTS(重症熱性血小板減少症候群)をめぐる状況に大きな変化が起きた。7月に神奈川県(関東初)、8月に北海道(道内初)でそれぞれSFTS感染が確認されたのだ。これまで「西日本の病気」という認識が根強かったSFTSが、明確に全国規模の脅威へと変貌しつつある。
害虫駆除の現場に長く関わる立場から、このニュースをどう読み解くか——事実の整理から、なぜ北海道・関東まで拡大したのかのメカニズム、そして今すぐできる具体的な対策まで解説する。
SFTSとは何か:基本データの整理
SFTSはマダニが媒介するウイルス感染症で、2013年に第4類感染症に指定された。原因ウイルスはBandavirus dabieenseで、主にハエマフィサリス属などのマダニに刺されることで感染する。
2013年3月から2025年7月までの国内累計データは以下の通りだ。
| 指標 | データ |
|---|---|
| 累計患者数 | 1,185人 |
| 累計死亡者数 | 126人 |
| 致死率 | 約10.6% |
| 2024年報告数 | 170例・26死亡(致死率15.3%) |
| 2025年(〜7月)報告数 | 135例(年間新記録更新ペース) |
| 患者の中央年齢 | 75歳 |
| 60歳以上の割合 | 90% |
致死率10〜15%という数字は、インフルエンザと比較しても桁違いに高い。治療薬はファビピラビル(FPV)が2024年6月に世界初のSFTS治療薬として承認されたが、まだ一般的な医療現場への普及は途上にある。
なぜ「西日本の病気」だったのか——気候・シカ生息域から読み解く
SFTSが確認された地域は長らく、山口県・島根県・鳥取県・広島県といった西日本の山間部に集中していた。この偏りには明確な理由がある。
理由1:マダニの活動適温と西日本の気候
SFTSを媒介するフタトゲチマダニ・ヤマトマダニなどは、温暖で適度な湿度のある環境を好む。西日本は冬でも比較的温暖で、マダニが活動できる期間が長い。東日本・北海道は冬の低温がマダニの活動を制限してきた。
理由2:ニホンジカの生息域との重複
SFTSウイルスを保有するマダニは、ニホンジカ・イノシシなどの野生動物を宿主とする。西日本、特に中国地方はニホンジカの高密度生息地域と重なり、感染したマダニが広域に分布していた。
理由3:初期の診断・報告体制
2013年の感染症指定直後は、西日本の医療機関がSFTSを「疑う」経験値を先に積んだ。東日本では「そもそもSFTSとは思わなかった」ケースも一定数あった可能性がある。
2025年に関東・北海道で確認された理由——渡り鳥経由拡散のメカニズム
2025年の神奈川・北海道での確認は、複数の要因が重なった結果だと考えられる。
渡り鳥によるウイルス・マダニの長距離輸送
SFTSウイルスは渡り鳥に直接感染する証拠が複数報告されている。渡り鳥がウイルスを保有したまま、または感染マダニを羽に付着させたまま移動することで、これまでSFTSウイルスが存在しなかった地域に持ち込まれる可能性がある。北海道でのSFTS確認は、渡り鳥ルートとの関連が強く疑われる。
ニホンジカの生息域の北上・東進
温暖化の影響でニホンジカの生息域は近年、東北・関東・北海道にまで拡大している。マダニの宿主となるシカが増えることで、感染マダニの生息圏も北上・東進している。神奈川県(関東)での確認はこの流れと符合する。
ペット(特に猫)経由の感染リスク
2024年時点で猫の年間感染頭数は196頭、犬は12頭。猫の致死率は60〜70%と非常に高い。屋外を自由に歩き回る猫がマダニを媒介するケースは、都市近郊でも確認されている。関東の都市近郊でも、猫を経由したヒトへの感染リスクが現実のものとなっている。
なぜ4月が特に危ないのか
マダニの活動期は春(4月)から秋にかけてだ。特に4〜6月は最初の活動ピークで注意が必要だ。
冬を越したマダニが一斉に活動を再開するのが春先で、越冬成虫が活発に宿主を探す時期と重なる。加えて、春は農作業・山菜採り・ハイキングなど、人間が草地・森林に入る機会が増える季節だ。感染リスクの高い環境に接触する機会とマダニの活動ピークが一致するため、4〜6月は特に注意が必要だ。
SFTSのほか、ダニ媒介性の害虫対策全般については、トコジラミが出たら家具は捨てる?放置リスク・処分方法・おすすめ駆除法を徹底解説でも関連する衛生害虫対策の考え方を解説している。
具体的な予防・対策方法(消費者向け)
アウトドア時の服装と行動
- 長袖・長ズボン着用を徹底する。肌の露出を最小限に抑えることが第一の防御線だ
- ズボンの裾は靴下の中に入れる。首元・手首も可能な限り隙間をなくす
- 明るい色の服を選ぶと、マダニの付着に気づきやすい
- 草むらに座り込まない、寝転ばない。レジャーシートを使う場合も草地の上に直接置かない
- 帰宅直後に全身をシャワーで洗い流し、全身を鏡でチェックする
マダニが刺さっていた場合の対処
- マダニを絶対に無理に引き抜かない。口器が皮膚内に残ると感染リスクが高まる
- ペンチなどで無理に除去しようとすることも禁物だ
- できる限り早く皮膚科・内科・感染症科を受診し、専門的に除去してもらう
- 除去後2週間は、発熱・倦怠感・消化器症状(嘔吐・下痢)が出ないか観察する
ペット(特に猫)の管理
- 猫は可能な限り室内飼育にする。屋外を自由に歩き回る猫はマダニを持ち帰るリスクが高い
- 猫・犬を撫でた後は手洗いを徹底する
- ペットに対してはマダニ予防薬(獣医師に相談)を使用する
- 猫に発熱・食欲不振・元気消失が見られたら、すぐに動物病院を受診する
庭・自宅周辺の環境管理
- 草刈りをこまめに行い、マダニが潜む草の繁茂を防ぐ
- 落ち葉や腐葉土の堆積はマダニの好む環境なので定期的に処理する
- 野生動物(シカ・イノシシ・アライグマ等)が庭に入り込まないよう柵などで対策する
屋外での害虫対策の基本については、ハッカ油の害虫忌避効果も参考になる。ハッカ油はマダニに対しても一定の忌避効果が報告されており、アウトドア時に活用できる。
よくある質問(FAQ)
Q1. SFTSはヒトからヒトへ感染しますか?
通常の日常生活では感染しない。ただし、感染者の血液・体液に直接接触した場合に感染したとされる医療従事者のケースが複数報告されている。家族が感染した場合は、血液・体液への直接接触を避け、手袋・マスクを着用するなどの標準的な感染予防策をとることが推奨される。
Q2. 都市部に住んでいれば関係ないですか?
都市部でも注意が必要だ。特に都市近郊の緑地・河川敷・雑木林ではマダニが確認されている。また、ペット(猫・犬)がマダニを媒介するケースでは、都市近郊の住宅地でも感染リスクがある。「山に行かない人は大丈夫」という認識は改める必要がある。
Q3. マダニに刺されても必ず発症するわけではないですか?
SFTSウイルスを保有するマダニに刺された場合でも、必ず発症するわけではない。ただし、致死率が10〜15%と高いこと、高齢者・免疫低下者は特にリスクが高いことから、マダニに刺されたことに気づいたら、症状の有無にかかわらず医療機関への相談と経過観察を強く推奨する。
まとめ:「西日本の病気」ではなくなったSFTSへの備え
2025年の関東・北海道での確認は、SFTSが全国的な公衆衛生上の課題に転換したことを意味する。渡り鳥経由の拡散、シカ生息域の北上、猫・犬を介した都市近郊への侵入——複数のルートが重なり合い、「自分には関係ない」という安全神話は崩れた。
4月はマダニが活動を再開する時期だ。農作業・ハイキング・庭仕事・アウトドアレジャーに出かける前に、長袖・長ズボン着用と帰宅後の全身チェックを習慣にしてほしい。シンプルな予防行動が、致死率10%超の感染症から身を守る最も確実な盾になる。
