米ラトガーズ大学は、ニューヨークなど北東部4地域で採取したイエネズミ(ハツカネズミ)の84%が、抗凝固系の殺鼠剤への耐性に関わる遺伝子変異を少なくとも1つ持っていたとする研究を発表した。学術誌『Pest Management Science』に掲載されたもので、長年主流だった毒餌(ベイト)だけに頼る駆除が、都市部で通用しなくなりつつある実態を示した。
ニューヨークなど北東部4地域で大規模調査
調査はラトガーズ大学のチャンルー・ワン教授らが2021年から2025年にかけて実施した。対象はニューヨーク州、ニュージャージー州、ペンシルベニア州、ワシントンD.C.の4地域で、ニューヨーク市やフィラデルフィアなどの都市が含まれる。分析したのはイエネズミ147匹とドブネズミ143匹だ。
その結果、イエネズミの84%が殺鼠剤耐性に関連する遺伝子変異を少なくとも1つ保有していた。さらに69%は、すでに殺鼠剤の効果を弱めることが知られている変異を持っていた。一方でドブネズミでは耐性に関わる変異がはるかに少なかった。
カギを握る「Vkorc1」遺伝子の変異
耐性のカギを握るのは、血液凝固に関わる「Vkorc1」という遺伝子だ。抗凝固系の殺鼠剤は、この遺伝子が作る酵素の働きを妨げてネズミを失血死させる。ところがVkorc1に変異が起きると、殺鼠剤を摂取しても酵素の働きが維持され、毒餌が効きにくくなる。
今回の研究では、これまでイエネズミや米国の一般的なイエネズミ亜種で報告されていなかった新たな変異が2つ見つかった。ドブネズミでも未知の変異が1つ確認されている。耐性が一部の地域だけでなく、北東部に広く分布していた点が、駆除の現場にとって重い意味を持つ。
調査結果の数値まとめ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 研究機関 | ラトガーズ大学(米) |
| 調査期間 | 2021〜2025年 |
| 対象地域 | NY州・NJ州・PA州・ワシントンD.C. |
| 分析個体 | イエネズミ147匹/ドブネズミ143匹 |
| 何らかの耐性変異 | イエネズミの84% |
| 既知の耐性変異 | イエネズミの69% |
| 新発見の変異 | イエネズミ2つ・ドブネズミ1つ |
| 掲載誌 | Pest Management Science |
研究者・業界の反応
ワン教授は「抗凝固系の殺鼠剤だけに頼る方法は、もはや効果的なネズミ駆除には不十分かもしれない」と指摘する。チームは、毒餌の使用を限定的にとどめたうえで、侵入口の封鎖、清掃の徹底、餌となる食料源の除去、トラップの併用といった総合的な防除(IPM)への転換を勧めている。
北米のネズミ駆除業界では、毒餌の効きが悪い現場が以前から経験的に報告されてきた。今回の遺伝子レベルの裏づけは、その実感を科学的に説明するものとして受け止められている。耐性が広域に分布しているという結果は、薬剤のローテーションや非化学的手法の重要性を裏づけた。
日本の読者にとっての含意
日本でも殺鼠剤耐性のネズミは無縁ではない。東京の都心部などでは、抗凝固系殺鼠剤に抵抗性を持つ「スーパーラット」と呼ばれるクマネズミの存在が以前から知られている。米国の事例は、人口が密集し建物が入り組んだ都市部ほど耐性が広がりやすいことを示しており、日本の繁華街や飲食店密集地でも同じ構図が当てはまる。
毒餌が効かない個体が増えれば、餌を置くだけの対策では被害が止まらない。侵入口となる配管周りや壁の隙間をふさぐ「防鼠」、餌を残さない清掃管理、粘着トラップや捕獲器の併用といった、薬剤に依存しない複合的なアプローチが、日本の現場でもこれまで以上に重要になる。
害虫駆除業界への波及
薬剤耐性は、ネズミに限らず害虫防除全体の共通課題だ。ゴキブリやトコジラミでもピレスロイド耐性が広がり、業界では新しい作用機序の薬剤や耐性管理が模索されている。新作用機序の殺虫成分イソシクロセラムの登録のように、既存薬が効かない害虫への新たな選択肢が求められている。
毒餌の効率そのものを高める研究も進む。カフェインで毒餌の効率を高めるアリの実験のように、薬量を増やさずに効果を引き出す工夫は、耐性問題への一つの回答になりうる。日本のネズミ駆除でも、薬剤一辺倒からの脱却が業者選びの基準になっていくとみられる。
まとめ
北東部のイエネズミの84%が耐性変異を持つという結果は、毒餌頼みの駆除が限界に近づいていることを示した。日本でもスーパーラットの存在が知られるなか、侵入防止・清掃・トラップを組み合わせた総合防除への転換が、被害を確実に抑える近道になる。
参考
PCT Online「Research Finds Widespread Rodenticide Resistance in House Mice」
Pest Management Science(学術誌)
